「話しだすと止まんなくなるのはゼノにそっくりだね」
「え……?あ、ごめんなさい」
スタンリーに言われて漸く気が付いた。
彼には少し手伝いをしてもらうつもりだったのだが、ついつい長話をしてしまったようだ。
視線を彼に向けていた一瞬の隙に、観察対象の鳥は姿を消してしまった。
人類が突然石になってから、途方もない年月が流れたに違いない。そして、地球上の生態系にどれだけの変化があったのかも、計り知れない。
身の回りを調べるだけでも新しい発見が転がっているので、こうして毎日出掛けても間に合わないくらいだ。
ゼノの元へ戻ると先に彼と言葉を交わしていたスタンリーが私と入れ替わるように部屋を出て行った。
タバコでも吸いに行ったのだろう。愛煙家の彼には悪いが、私と行動している少しの間は我慢してもらっている。
「スタンリーに言われちゃった。長話が過ぎるって」
私が外に出ている時間が長いほど彼のご機嫌は悪くなっていくような気がする。気がするというか、実際そうである。
タバコが恋しくてたまらないのは分かっているし、どうせ一人で遠くには行けないのだから放っておいてくれて構わないのだが「ワニにでも食われたら困っかんね」とすでに一蹴されてしまっている。
「スタンは君が小鳥にご執心なのが相当お気に召さなかったようだよ」
「彼がそう言ったの?まさかね」
あのスタンリーが。にわかには信じがたい。しかしゼノが言うのであれば、それは正しいのだろう。
「たまには君のナイトにも褒美をあげてくれないか?」
「……分かりましたよ、先生」
とは言ったものの、私が彼に与えられるものなど無い。
スタンリーに欲しいものなんてあるのだろうか。仮にも護衛してもらっているというのに、私は彼のことを知らなすぎる。
これは由々しきことだ。
「決めた。これからはスタンリーの事もじっくり観察させてもらうことにするわ」
「おお、それは良い」
多少の冗談が通じる科学者に結果は随時報告すると約束をして、マシンガンを担いでタバコをふかしているナイトのもとへと急いだ。
▽
そんなことがあって、スタンリーを観察し始めてはや数ヵ月。
同じ人間とはいえ未だ謎の多い彼の行動を把握しようにも、彼はあれから私のことがどうにも気に入らないらしい。撒かれてしまうこともしばしばである。
とはいえ私が外に出る時は見張りにやって来るのだから、仕事はしっかりこなす人間なのだ。
「君の顔を見るに、研究の成果は著しくないようだね」
「そうなの」
ゼノとスタンリーは旧知の仲であると聞いた。ならば、ゼノから彼の生態について聞くことが彼を知る手がかりになるのではないかと考えた次第なのだが。
「何かないかな。彼が好きなものとか……タバコか」
スタンリー・スナイダー。人類が石になる前は軍に所属しており、戦闘に長けている。その技術と科学者ゼノの協力で、この世界でも遜色なく武器を使いこなしている。趣味は毒ガスの吸引。何故か小鳥に対し嫉妬のような感情を抱く。
「職業柄ね。彼はあまり尻尾を見せてくれなくて。あなたたち幼馴染みなんでしょ?スタンリーってどんな……」
どんな子どもだった?という質問は、残念なからできなかった。
突然肩に乗せられた重みが、それを許さなかった。
「俺の話をゼノに聞くの?あんたイイ趣味してんね」
「スタンリー……実にタイミングが良いことで」
「まあね」
決して褒めてるわけじゃないのだけれど。
「俺のことは俺に聞きなよ、答えられる範囲で答えてやっから。なあゼノ先生?」
スタンリーにそんな風に問われたらゼノは頷くに決まっている。
私だって分かっているのだ。こんなことを続けていても、埒が明かない。
「スタンリーのことが理解したいのなら彼の言うとおり本人に尋ねると良い。おお、幸運にも君たちは同じ言葉を使い意思の疎通ができる人間同士じゃないか!」
「だとよ。じゃあ借りるぜ」
スタンリーはそう言うなり私の肩を強く引き寄せ美しいターンを決めると、そのまま私を引きずって歩きだした。
その様は、さしずめ逃走に失敗した犬とその飼い主のようであった。
歩きながらも突き刺さる視線が痛い。
目が合ったルーナに助けを求めようとするもスタンリーの有無を言わせぬ威圧感に身の危険を感じているのか、視線を逸らされてしまった。そして「見ちゃダメだお嬢!」という声で彼女は完全に「ムリ!」という顔をした。
スタンリーに解放された後にでも、説明した方が良いだろうか。あとで物凄く心配されるような気がする。
「で、俺の部屋とあんたの部屋、どっちが良い?選ばせてやんよ」
「え?いや、どちらでも構わないけど……」
「へー、意外と肝据わってんじゃん」
彼に質問するのは私のはずなのに、妙に強気である。
結局辿り着いたのは私の部屋で、そもそも軍人である彼が自室に易々と他人を入れる訳などなかったのではという結論に至った。
「何が知りたい?と言いたいところだが、俺がこれからあんたに渡す情報は1つだけってもう決めてるんでね」
「そ、それは話が違うんじゃ……ちょっと、ここで吸わないでよ!」
折角あれこれ考えてメモまで用意したのに。しかも彼と来たらあろうことかタバコに火を付けだす始末である。
「まあ聞きなよ。その情報1つであんたの疑問は大体解決するんだから」
「それは……随分と自信があるみたいで」
「そうでもない。そうでなけりゃ、こんな事にはなってないんだ」
「話が見えないのだけど」
教えると言いながら勿体つけるなんて、なかなか酷なことをしてくれる。
「話が長いって?誰かさんに似たか……。俺はずっと、こうやってどうでも良いような話をしてみたかったんだ。他でもないあんたと」
「私と?物好きな人」
「オーケー、あんたにはちゃんと言わなきゃ通じないらしい」
1つだけと言ったのはスタンリーだ。最初からくれる答えは決まっているというのに、私はまんまと彼に弄ばれている。
スタンリーはタバコの火を消すと(世話焼きなゼノ先生お手製の携帯灰皿が使われる所を初めて見た)まるでターゲットを撃ち抜くような目で私を見つめた。
ああ、この顔つきを私は知っている。あれは獲物を見る獣の目だ。
自分が狩られる獲物だということも忘れて、その双眼に魅入ってしまう。
人間も、こういう顔ができるのか。
「俺は、あんたの心臓が欲しいんだ」
言葉を紡ぐ形の良い唇から目が離せなかった。
そういえば、人間の顔を間近でまじまじと見た記憶が私にはあまりない。
興味がない訳ではない筈なのだけど。
「……あのさぁ、さっきから固まってるけどあんた人間に求愛されたことある?」
沈黙に堪えかねたスタンリーが口を開いた。
こっちは彼から告げられた、たった1つの情報と、これまでの彼の言動の記憶をかき集めるのに必死だというのに。
「なっ、私だって少しくらいは……いや、どうだったかな」
学生の頃からお前はそういった方面に疎すぎると言われてきた。
多分、今回もそう。これまでと違うのは、相手があまりにも手強すぎること。そして、今その人を前にして心拍数が明らかに上昇していること。
「綺麗な羽でも見せて踊ってくれたら分かったのかな」
「一理あるんじゃない?俺から言わせりゃ、過去あんたの前に現れたオスのアピール不足だね。ま、今となっちゃどーでも良い話か」
彼の指先が、首筋に触れる。私のそこには、石化から復活を遂げた証が一筋、走っている。
「あの、私今あなたといて初めて身の危険を感じているんだけど」
「取って食いやしないよ。これでも待つのは得意なんでね」
そういうセリフは急所から手を退けてから言って欲しいものだ。
「できるの?」
「……できるよ。でもそろそろ理解はしてもらおうと思ってさ。今、あんたを口説いてんのはただの人間のオスじゃない。なぁ、あんた俺の名前が言える?」
さっきからスタンリーが私にも分かるよう言葉を選んでいるのは分かっている。さすが、科学者の昔馴染みをやっているだけのことはあるというかなんというか。
「……スタンリー・スナイダー」
「そうだ。これから、この地球上の全ての命を愛してやまない女神の心臓を撃ち抜く男の名だ」
ああもう、これだから嫌だ。彼の視線が、声が、言葉が。毒のように私の身体を回って、いつしか動けなくされてしまうのだ。
「わ、私もうどうしたら良いのか」
「どうって、このまま口説かれりゃ良いじゃん」
「逃げたくなるかも」
「逃げるなら追う。けど、」
ゼノは彼のことをナイトだと言ったけれど、とんでもない。
蜘蛛のような近付き方をする男だった。まるで気づかなかった。
小鳥に嫉妬するなんてクールな彼らしくない。実はかわいらしい一面を隠し持っているのかもだなんて。
少し前の暢気な私にそれは違うと忠告してやりたい。
「今さら逃げようったって遅いね。だってあんたは自分のハートを狙ってる男のことを"知りたい"と思っちまったんだから」
ようやく、彼に告げられた言葉の意味と、私が置かれた状況に理解が追い付いた。
「そう……既に勝負は終わってたってわけね」
「それは逆。あん時から始まってんだよ、俺たちはさ」
ここまで言われたら、もうどうにでもなれば良い。
甘美な毒だと本能で分かっていた。それなのにどうしても味を知りたくて、手を伸ばしてしまったのは私なのだから。
観念して両手を上げた私を見て、スタンリーは満足げに口の端を上げたのだった。
2020.9.5(2020.8.4)
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